☆コラム 本稿は児童の発達段階に即した,歌唱の「技能指導」に焦点化し,国語科及び音楽科の特質に応じた「見方・考え方」を働かせた教科等横断的な実践です。
○はじめに:この原稿を起こすきっかけをお話しさせてください。
低学年での歌唱指導では,歌声と話し声との違いを意識させることを中心にして指導することを提案しています。しかし,やはり「技能」指導は,音楽の専門でないと指導への自信がもてないとの声も聴かれます。「音楽はみんなのもの」であるはずにもかかわらず,指導に対する意識は「特別な指導」として消極的であり,敬遠されがちです。
そこで,もっと身近に感じていただける指導はできないのだろうか。日頃の指導を振り返ると,十年前の合唱指導での実践を思い出しました。4年生の合唱指導です。音楽会は一か月後。短期間で力がつき,子どもたちにわかりやすく身近な内容から歌声の指導をする方法を探っているとき,歌声の「技能」における発音や呼吸,発声は国語科での言葉の指導と酷似していることに気付きました。しかも,この実践は教科等横断的な実践でもあるのです。今回原稿を起こすことで,少しでも多くの方々に「歌声指導は身近にある」ことをお伝えできればと思います。
この指導を実践すると,低・中学年の児童にも響きのある歌声で歌うことが容易にできるようになります。そして,国語科の学習と関連しているため,指導方法も理解しやすく,音楽を得意とする教師でなくても指導が十分に可能となり,低・中学年における音楽教育の充実にもつながると考えます。
○教科等横断的な視点
少し堅い話ですが,教科等横断的な視点について新学習指導要領にもふれながら記載します。
新学習指導要領の小学校総則では,教科等横断的な視点に立った資質・能力の育成をあげています。
(中略)「第1章第2の2の(1)」
単元を構想するにあたっては,教科内容の横断的視点をあげ,各単元の学習指導において,各教科間で同じ学習内容,もしくは似ている学習内容を,関連付けて横断的に指導することを示しています。
そこで,歌唱の「技能」指導は,国語科の言葉による見方・考え方を働かせる考え方と関連させることで,似ている学習内容として児童に取り組みやすく,かつ容易に力とすることができ,解決能力等の学習の基盤となる資質・能力の育成を図ることができるようになると考えたのです。国語科における言葉による見方・考え方と音楽科における見方・考え方を関連させ,教科等横断的な学習を構想しました。
○国語科と音楽科における見方・考え方による視点
特に「言語感覚」における関連です。
言語感覚とは言語で理解したり表現したりする際の正誤・適否・美醜などについての感覚のことである。(中略) 言語感覚を養うことは,一人一人の児童の言語活動を充実させ,自分なりの物の見方や考え方を形成することに役立つ。(総則第2章第1節の1)と示しています。
このことは,音楽科歌唱での,歌詞をどのように発音するのかに直結しています。なぜなら,言語感覚により言葉を選ぶだけでなくどのように発音するか,声の大きさや声の色合い,そして発音への丁寧さなど,そこには人間性までも表れているからです。言語感覚は音楽科にこそ重視する感覚と考えるのです。また,相手に心地よい表現を伝えるためには,受容・共感される表現が求められ,そこには人の温かさが伝わることが重要です。なぜなら,歌は言葉に音がついたものではなく,言葉と音とで心や情景を伝えるものと考えるからなのです。
○国語科における具体的な内容
以下の内容を読み進めると,歌唱「技能」の指導が見えてきます。
国語科《第1学年及び第2学年》
イ 音節と文字との関係,アクセントによる意味の違いなどに気付くとともに,姿勢や口形,発声や発音に注意して話すこと
姿勢は,相手に対する印象などに加え,発声をしやすくしたり明瞭な発音をしたりする基礎となるものである。背筋を伸ばし,声を十分出しながら落ち着いた気持ちで話すことが求められる。また,正しい発音のために,唇や舌などを適切に使った口形について,早い時期に身に付けられるようにすることが大切である。(中略)母音の口形及び発音,発声について適切に指導するとともに,一音一音を識別させ,安定した発声や明瞭な発音へとみちびいていくようにすることが必要となる。(国語科解説第3章第1節1の(1)の(1)のイ)
なんとこれらの事項は,音楽科の歌声の技能の指導と共通しているのです。
次に音楽科における具体的内容
○ 第1学年及び第2学年
自分の歌声及び発音に気を付けて歌う技能
この事項は歌唱分野における,「技能」に関する資質・能力である。思いに合った表現にするために必要な自分の歌声及び発音に気を付けて歌う技能を身に付けることができるようにすることをねらいとしている。(新学習指導要領解説P34)
と示しています。
このように教科等横断的な実践は,先生方の身近なところにあります。ぜひご自分の実践を振り返り,取り組んでみてください。
次は,『三年とうげ』を教材とした3年生での教科等横断的な実践です。授業の中で子どもたちがどのように歌う技能を獲得していくのかを記載します。
中学年になると,歌詞の内容や使われている言葉から心情や情景を想像したり感じ取ったりすることを通して,自分はそれをどのように表現したいのか,思いをもちます。そして,歌声や強弱,速度なども工夫して自分の思いを伝えることの楽しさを味わいます。その姿は,より豊かな表現ができるようになる自分を目指していると言えます。
そこで,児童に国語科での既習学習を想起させ,発音等の気付を広げ発展させることから,響きのある歌声の「技能」の指導に自然な学習の流れとしてつなげることができると考えました。これらの学習を積み重ね,思いを伝えられるひびきのある歌声で歌うことのできる「技能」の指導を充実させ,歌詞における言葉のまとまりを捉え,旋律のまとまりや歌詞の内容への想像を広げ,思いを生かした表現をすることのできる資質・能力を育成する指導につなげます。
授業の流れです。
国語科,音楽科の授業としての児童のつぶやき・話し合いの意味
(1)自分の声を聴くことを知る。「音楽の先生は自分の耳」である。
(2)歌声をつくるために困っていることを出し合い,必要なことを見つける。
(3)「何を」「どのように改善したらよいか」を考え話し合う。
(4)響きはどのように生まれるかを,音の伝わり方や理科の音の学習と関連させ知識として獲得する。
(5)美しい,心地よい歌声は響きから生まれることを体験を通して実感する。
(6)響きのある歌声づくりは,国語科1年生での学習「あいうえおの発音」と関連していることに気付く。
(7)響きのある歌声は国語科の発音の学習と関連していることを実感する。
(8)歌唱の表現は,音読における言葉のまとまりと深く関連していることを実感する。
○ 国語科における「三年とうげで ころぶでないぞ 歌詞」の学習です。
教材『三年とうげ』の劇中歌「三年とうげで ころぶでないぞ」
掲示した歌詞を読み合い気付いたことや感じたことを発表する。
児童のつぶやきや話し合い(抜粋)です。 (み)は多くの子どものつぶやきです。
児童のつぶやきと教師の関わり方のみを記載しています。
C 「『三年とうげ』って同じ言葉が繰り返されている。」 (み)
C 「題名だからじゃない。」「大事な言葉だからだね。」
C 「暗い感じがする。」 (み)
C 「でも途中から長生きしたけりゃ ころぶでないぞって なってるから,暗くはないと思う」
C 「でも,最後長生きしたくも 生きられぬって。やっぱり暗いよ。」 (み)
C 「だから3回も ころぶでないぞ って注意してるんじゃない。?」
C 「なるほど。そうか。」
C 「言葉が繰り返されてるから 読んでいるとリズムがあるみたい。」
C 「合わせるとしたら,拍打ちしてみようか。」 (み)
C 「そろうね。楽しくなる。」 (み)
C 「『三年とうげ』」の言葉は繰り返されてて 強弱がある感じ。」
C 「繰り返しだから強調かな。」 (み)
C 「2回目を強くしてみる? 弱くするのもやってみよう。」
T 「ここまで話し合ったことを使って初めから読んでみましょう。」
C 「初めの方は,暗いより,ちょっと落ち着いた感じがいいかな。」
C 「長生きしたけりゃのところからは 少し明るくしてみよう。」
C 「速さも変わるかな?」
C 「最初はゆっくりで」
C 「最初の長生きのところから少し速めにしたらどうかな。」
言葉そのものに拘ることと同時に,歌詞全体を見通して,自分の思いや意図が伝わる表現を考える発言にもこれまでの国語科で育成された力が発揮されています。
○ 音楽科における「三年とうげ」の歌唱の学習です。
「三年とうげで ころぶでないぞ」を歌う。「フェスティバル」で全校に発表するという目的意識や相手意識から,自分たちの歌声や歌詞の内容が伝わるようにするには,「何を」「どのように表現するのか」を考え合う。
C 「ころぶでないぞ が,はっきり聴こえない。」
C 「こ・ろ・ぶ・で って一つずつ発音するともっと変だね。」
T 「それではどこかにアクセントを付けて発音したらどうかな。」
C 「ころぶのこを強めにいうのはどうかな?」
C 「こが短く聞こえて おろぶでないぞ に聴こえるよ。」
T 「では,強めに息を吐きながら短く こっと発音してみましょう。口の近くに手を当てて息を吐き出す感じを確かめて。」
C 「こっ」 (み)
「こ は聴こえるけど ころぶが聞こえにくい。」
T 「では,こを伸ばすと何の音(母音)になるかな?」
C 「お」 (み)
T 「こに おをつけて こおろぶでないぞ。その時に口の形はどうなるかな。」
C 「一つずつの言葉は口の形を変えるんだった。」
C 「できた。」 隣同士で見合う。
T 「では ころぶでないぞ の ないぞは? 近くの友達と考えて。」
C 「な だから あ をつけて なあいいぞ かな」
C 「歌うときは,あいうえお をつけて発音すると 聴きやすい言葉になるね」
C 「口の形を変えることは,忘れてた。」
C 「5年生みたいに響く声はどうするの?」
T 「響くのは,どんな時?」
C 「おふろ トンネル」
T 「自分のかおで お風呂やトンネルをつくると 響きができるの。」
「あ の発音をするときと同じに口を縦に開けます。次に耳の下に指を当てて,顎を下げます。ほら指のところにへこんだ感じがするでしょ。そのままやさしく息を吐きながら あ~っと声を出します。息の吐き出し方を試してみて。」「自分の声を聴いて。音楽の先生は自分の耳でしたね。」
C 「息を強くすると 響かないよ。」
T 「響きのある歌声は,息の使い方と発音が関係しているかも。ほかの言葉でも試してみましょう。」
このように国語科での既習学習(1.2年生)をきっかけに,新しいことを学習することは,これまでの学習と変わらないことです。歌声の技能という,特別な指導のように思われる内容も,実は身近な学習と関連していることが伝わりましたら幸いです。