☆コラム 『縦の糸と横の糸』
まず縦の糸は教師。凛として頼りになる太くてまっすぐな糸と,しなやかで温かく愛情豊かな糸。この二つの糸が「指導」と「責任」を表します。どちらの糸も決して切れることのない糸です。出会いからできるだけ短期間で紡いでいきます。
子どもの心の安定にこたえる信頼の糸ですから,スピードが重要なのです。しかも一度作っておしまいではありません。常に状態を細かく把握しながら,丁寧に紡ぎ続ける糸なのです。
次に横の糸は,子ども同士をつなぐ糸です。横並び同等であり共にわかり合い,高め合うことを通じて,学習や日常あらゆる場面で紡いでいきます。糸の太さはそれぞれで違いがあります。仲良し同士の太い線もあれば細く頼りなげな糸もあります。どれも曲線で日々の学習や友達同士の関わりの中で,成長とともに太さや長さその様子が変化していきます。時に切れてしまうことも。その時々で適切な支援や指導に支えられ子どもが自分で紡いでいくのです。
しかし私は,初めから縦と横,両方の糸に気づいていたのではありません。はじめは縦の糸だけを考えて実践していました。今から30年近く前,横浜国立大学教育学部附属横浜小学校に勤務していたころです。
学級担任として日々子どもたちの指導において何かが足りないと感じていましたが,この頃の私は自分が子どもたち全員を把握し,引っ張っていくのだと力んでいました。縦の糸を強く太く紡ぎ,学級経営は順調でした。学年で「聴く力」をつける実践を重ねていましたので授業も順調でした。子どもたちは自ら進んで何かをするというより,いわれたことを真面目に誠実に取り組む子どもたちでした。
しかし,実習生の授業を見たときにハッとしました。子どもたちは微動だにせず実習生の顔を見ながら聞いています。一見授業に集中しているかのようですが,果たして一人一人が考え,発想しているのかと思いきや,言われたとおりにレールの上を慎重に歩むような表情です。
どのように考えますかと質問され,何人かが用意されたようなことをこたえています。ほかの子どもたちはじっと座っていて一時間の授業が終わりました。実習生は当然順調に進んだ授業にほっとしているようでした。私は子どもたちが何も考えずに言われたことをしているだけの「自分自身の授業」を見せつけられたような衝撃を受けました。この時間に「できる・わかる」は何? と冷や汗。焦りさえ感じました。まさに教師主導の授業です。これまでの子どもとの関係は自己満足? 教師としての役割は何?
このままでいけない! と,子どもたちと自分との関係の在り方を見直そう,自分を変えたいと気づきました。ここで生まれたのが「縦の糸」「横の糸」の考えです。まさに横の糸がなかったのです。子ども同士を紡ぐにはどのようにしたらよいのかを考えることにしました。
しかし,どう取り組むかがわかりません。そこできるだけ子どもに「聴く」ことを心がけることから始めました。子どもに「聴く力」をつけていながら教師としての自分自身には子どもの考えを聴く力はついていなかったのです。
まずは,手近な掲示物づくりで「ここは何色がいいかな?」と,何気ない会話から始めました。はじめは遠慮がちだった子どもたちも,次々と好きな色をつぶやきました。しかし,黙ってじっと聴くとは結構難しかったです。つい,途中でというより子どもが話し始めるや否や自分がもう主導権を握ったかのように話していました。もともと「話し合いに酔う」というくらい話すことが好きな子どもたちでした。しかし,その話し相手は常に私であり,子どもたち同士ではなかったのです。ここが重要なところでした。
子ども同士が話し合い,伝え合うことで課題が見つかり,解決に向かう過程で思考が生まれ,考える資質・能力が育成されるのです。にもかかわらず私は,子どもの考える場面も考える力をつける機会も奪っていて「子ども同士のつながりの重要性」についての考えは深まっていませんでした。
このようなことが積み重なるうちに,とにかく何事も子どもに聴くこと。子ども同士のつぶやきをじっと聴くことに,意識的に取り組みました。そして場面は授業にありと気づきました。
それまでは心のつながりや思いやりなど,情意面からの横の糸の指導はしていましたが授業の中でこそ『縦の糸・横の糸』の考え方が必須なのだと気づきました。子どもたちに考える力や表現する力,「思考・判断・表現」の資質・能力を育成するためには,子ども同士が自分の考えをもち,伝え合うことで学びを創造することが重要だったのです。
さらに既述の原稿で『縦の糸・横の糸』の内容にふれていますが,重要な視点は「糸の太さ」の変化です。入門期には教師の指導が主体になりますから縦の糸は太くなります。学年が進むと横の糸が太くなっていき縦の糸は細くなります。なくなることはありません。指導は常にあるからです。一年間での経緯で見ると,入学したてのころと学年末に近い時点では教師の指導「縦の糸」の割合は少なくなります。子ども同士の「横の糸」は太く多くなります。
このように学年内で『縦の糸・横の糸』の割合は変化します。したがって,学年が進むことでその割合はぐっと変わってくるのです。
たとえ方はさまざまあると考えます。私は互いの考えを「紡ぐ」ことにより,よりよい考えとなり,それぞれの思考・判断・表現の資質能力が高まり深まり,美しい織物となる形になると考え「糸」と考えました。目の前の子どもたちを見て先生方ご自身の考えを紡がれることを願っております。