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第5回 普通の友達

 ここまでのキーワードは「普通ではない」でした。でも,今回は普通の話をします。テーマは「友達の作り方」。

 前回までのざっくりした内容は,「友達は押し付けられるものじゃない」です。だって普通,友達って自然にできるものでしょう。障害があっても,友達ができるプロセスは普通です。ただ,そこにはやはり厄介な壁があって,私はそれを「良い子のリトマス試験紙」と呼んでいます。

 わが家の次男には知的障害があって,特別支援学級に在籍していましたが,普通学級にもそれなりに友達はいました。彼は受動的なタイプであるため,自分からは動かず,周りから構ってもらっている感じでした。それでも,拍子抜けするくらいナチュラルに受け入れられていました。

 小学二年の運動会で「大玉転がし」をしたときのことです。入場行進を見て,私の周囲ではお母さんがたがちょっとざわつきました。息子が,アンカーを示すビブスをつけていたからです。グループの中の一人とはいえ,彼にアンカーを任せて良いのだろうか,と思っていたのでしょう。大人の「大丈夫か」と疑問視する声に,そばにいた四年生の長男は,不思議に感じたようでした。
「背が高いんだから,アンカーは当然じゃん」
 結局,大はしゃぎしてめちゃくちゃ速く走れましたし,周りとハイタッチもしたりして,アンカーの役目を無事に果たしました。

 ハイタッチは,クラス全員とするわけではありません。いちいちしてはいられません。それを見て,「あなたもしてらっしゃい」と促すお母さんもいらっしゃいます。「別にいい」「どうしてそういうこと言うの。障害があるからって差別はいけないでしょ」と押し問答。これは,子どもの意見が正しいです。

 障害のある子どもに優しくできるのは正しい子ども,いわゆる「良い子」という風潮は,実は幼稚園の頃からありました。これが「良い子のリトマス試験紙」です。皮肉なことに,普通に仲良くできる子ども自身には,その感覚はありません。相性がいいから仲良くしているだけなのです。

 良い子であるために,障害児に親切にするよう言われた子どもは,障害者が嫌いな大人になります。いや,子どものうちから,すでに嫌いになってしまっています。
「いなくなればいいのに」
良い子であることを強要された幼児の言葉です。「障害児がいるから,親切にしろ,ってうるさく言われる。いなくなればいいのに」

 仲良くしてもらえるのも,できないことを手伝ってもらえるのも有難いことですが,それを押し付けたいとは願いません。なぜなら,子どもの側からしたら,その押し付けは大きな負担だと思うからです。「良い子であるために」という視点は,主に親からのものです。先生は,無理をしている子どもがいたら,頑張りすぎなくていい,できる子どもに任せていい,と伝えてあげてください。普通の子どもをいじめるのが悪いことであるのと同様に,障害のある子どもをいじめるのも悪いことです。そして,障害のある子どもとしっくり行かないのは,けっして悪いことではないのです。人には相性というものがあるので・・・。

堀田あけみ先生

堀田 あけみ

1964年 愛知県生まれ。
1981年,『1980アイコ十六歳』で文芸賞を受賞,文筆活動に入る。
その後,名古屋大学教育学部に入学,卒業後,同大学院教育心理学科に進学。専攻は,発達心理学・学習心理学。特に,言語の理解および産出のプロセス。
現在,椙山女学園大学教授。
また,NPO法人アスペ・エルデの会で,発達障がい児の支援も行っている。
その多方面にわたる活躍は,2012年10月から翌年の1月にかけて,朝日新聞愛知県版で40回にわたる連載で紹介された。

◆著書◆
『わかってもらえないと感じたときに読む本』『おとうさんの作り方』(海竜社)
『十歳の気持ち』(佼成出版社)
『発達障害だって大丈夫 自閉症の子を育てる幸せ』(河出書房新社)ほか多数


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