第10回「ESDの評価はどう考えたらいいのでしょうか?」
《問い》「ESDの評価はどう考えたらいいのでしょうか?」
《手島》今回も難しい話題ですね。
先日,宮城教育大学を会場に日本ESD学会が開かれ,参加されたさまざまな方からたくさんの刺激を受けました。そこで出会った方から次のようなうれしいメールをいただきました。
「今回のESD学会では,たくさんのヒントをいただき,たいへんありがとうございました。学生たちに印旛沼の重要性を伝えたいという思いから研究を始めた中で『持続可能な社会』という考え方に出会い,先生の御著書を読ませていただき,もっと学びたいという思いで,今回のESD学会にたどり着きました。まさに目からうろこの2日間でありました。これからもさらに研究を深めていきたいと思いますので,今後ともよろしくお願いします。ワークショップでの,『海と子どものSDGs』の授業展開や外部人材と連携する際の視点の話も,たいへん参考になりました。自分も,学びに火をつけられる授業づくりに精進したいと思います。」
実は,このメールをくださった先生は交流会の中で遠慮がちに私に声をかけてきて,「ESDの評価をどのように進めたらいいのですか?」と質問してくださったのです。やはり実践を進めていくうえで,ESDの評価については,皆さん苦労されていて,多くの先生方が,まだまだ手探りでさまよっている状態なのだなと実感しました。この先生と話したおかげで,評価のことをもう一度考え,以下のようにまとめる機会を得ました。
国立教育政策研究所教育課程研究センターが,2012年に「ESDの学習指導過程を構想し展開するために必要な枠組み」というリーフレットの中で,持続可能な社会づくりの6つの構成概念や,7つの「ESDの視点に立った学習指導で重視する能力・態度(例)」を示してくださいました。しかし,その(例)が一人歩きをしてしまい,今では各地の学校現場で,授業づくりというよりも評価の視点として絶対視され,それがゆえに授業づくりや評価に混乱を招いているように思います。
これらの構成概念や能力・態度(例)は,あくまでも「持続可能な社会づくりに関わる課題を見いだし,それらを解決するために必要な能力や態度を身に付けること」という大きな目標に向かう授業づくりの際の参考として示されたものの一部であります。(例)ですから,他にもいろいろと重要な視点があるはずです。そして,それらは各校での実践や子どもたちの成長を踏まえて,教育の現場から多様に発信されるべきものです。リーフレットの中にも,
【注】ESDの視点に立った学習指導で重視する能力・態度は,これら7つに限定されるものではありません。必要であれば新しい能力・態度を加えることも考えられます。 と,わざわざ明記されているのです。
▲国立教育政策研究所リーフレット 2012年
(上図の右矢印の先には,教材のつながり,人のつながり,能力・態度のつながりという,3つの「つながり」の重要性などが示されていた。)
それにもかかわらず,皆さんは各地の研究発表会などのたびに,この能力・態度(例)に沿った発表や提言ばかりを聞かされてきたのではありませんか。研究校であるならば,「自分たちはこれらを踏まえてこんな視点からこのような子どもたちを育ててきました。」と胸を張るべきです。国研の枠組みだからと妄信的に従っているようでは,とても答えのない「創造」時代の教育を語る資格なんてありませんよ。なぜなら「①批判的に考える力」が大切だからです。
さて,この7つの能力・態度という視点以外にも,学習指導要領では「思考力・判断力・表現力」という視点から教育を進めるように示しています。ややこしいことになってきますね。皆さんはこれらを2020年までにどのように整合させていくのですか。
この7つの能力・態度も「思考力・判断力・表現力」の重要な要素として捉え,単元の学習過程などを考える際に考慮していくのがいいと思いますが,いかがでしょうか。参考までに,江東区立八名川小学校2016年度研究紀要から(主体的に学びに取り組む態度に関する)評価規準もご覧ください。
▼(主体的に学びに取り組む態度に関する)評価規準
2016年度江東区立八名川小学校研究紀要より
私は,評価の細部をうんぬんする以前に,ESDを指導する教師としてどのような指導観・評価観をもっているのかが重要になると思っています。
日本の学生さんたちは,受験や内申点を意識するあまり,その教師の構えている的(ゴール)だけを目がけて学び,教師から高い評価を得ようとしがちです。また,教師の中にも「ここが重要だからな。期末で出るぞ。」などと自分のゴールをわざわざ示そうとする人までいます。
しかし,大切なのは教師の的ではなく,学生さんが【持続可能な社会の創り手として】何に課題を感じ,その答えをどのように探し,学び,自らも取り組み,どのように解決しようとしているかです。
教師や,現在の大人たちのもっている答えよりも優れた別の道を見つけ出す力を育てない限り, この世界をより良いものにはできないのです。教師のもっている答えをなぞろうとする子なんて,何人育てても,何の意味も価値もないのです。むしろ,そのような子どもを育ててきた教師が,日本人の能力を時代遅れにしてきたのだと思います。1990年代に世界のトップであった日本の国際競争力が,がた落ちになった理由もこのあたりにあるのではないでしょうか。
大切なのは,主体的な問題解決能力の育成につながる学びが,日常の教育活動の中で一人一人に保障されているかということでしょうね。
そのうえでの話ですが,例えば私たちが子どもたちの活動や作品などを評価する際には,
・何をきっかけにどのような問題意識をもって,どこから手をつけようとしているのか(主体的な問題意識とその発揮)
・問題解決への学びに向かう際に,自分の目で見て,自分たちの足で歩いて,何に出会って,それらの事実とどんな対話を進め(思考力),自分たちの心に何を感じて,どのような判断をしたのか(判断力),それに向かって今どうしようとしているのか(実践力)
・その際,教科学習などでの学びの成果を,どのように活用しようとしているのか(活用能力)
・それを誰に向かって,どのように伝えようとしているのか(表現力)
・世界に向けてどのような発信・展開を企てているのか(発信力)
という視点を明確にもつことが重要なのではありませんか。これも(例)ですが......。
このような目をもっていると,学生さんたちの学ぼうとする姿がたとえ稚拙なものであったとしても,それを温かく評価し,そっと支援し,周囲のさまざまな方からも高い評価が得られるように応援することができるのです。
そこに「Society5.0 創造社会」における学校教育や教師のあり方があると思います。到達度を図る上から目線の「評価」だけではESDの教育を進めることは決してできないことを肝に銘じておきたいものです。
また,このような基本的な教育観が備わっていない教師には,ESDの学習指導そのものができないようにも思うのです。学校としても同じです。
学習指導要領で,総合的な学習の時間の目標を踏まえて自校の教育目標や教育課程を見直すように示しているのは,このような意味があるのだと思います。さて,皆さんの学校ではどうなっていますか。
教育委員会の皆さんも,このような視点から教育振興基本計画や教育大綱などをもう一度見直すとともに,各学校の取り組みがどのような方向に向かっているのかよく見て,必要でしたらご指導いただけますよう,期待しております。
《次回予定》
自分たちの地域に根ざした学校づくりをESDにつなげたいのですが,どうしたらいいのでしょうか?
手島 利夫
1952年東京都生まれ。
前江東区立八名川小学校長。ユネスコスクールとしてESDカレンダーの開発・ESD推進に携わる。
2007年以来,ESD円卓会議委員等の役職を務める。2010年第1回ユネスコスクールESD大賞を江東区立東雲小学校が受賞。2012年第3回ユネスコスクールESD大賞を江東区立八名川小学校が受賞。2014年ユネスコESD世界会合参加。2015年博報児童教育振興会より,教育活性化部門で「博報賞」個人受賞。2017年,第1回ジャパンSDGsアワード特別賞を受賞。2018年,日本ユネスコ国内委員会会長賞としてユネスコスクール/ESD推進功労賞を受賞。
◆著書◆
『学校発・ESDの学び』(2017年 教育出版)
共著『日本標準ブックレット 未来をつくる教育ESDのすすめ』(2008年 日本標準)
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1e-040-00@kyoiku-shuppan.co.jp
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