第9回「職員の異動があります。ESDが持続不可能になりそうです。 どうしたらいいのでしょうか?」ほか
《問い》「職員の異動があります。ESDが持続不可能になりそうです。どうしたらいいのでしょうか?」
《手島》そうですね,職員の異動や校長の交代には,いつも泣かされますね。
この問題を尋ねられると,以前でしたら「教育課程の隅々にまでESDの理念をしっかり書き込み,どの職員でも実践を通じていつでも共有できるようにしておくことが大切です。また,教育課程の中にESDカレンダーを入れておくことも重要です。異動してきて4月から教育課程を変えたがる校長先生はいませんよ。」あるいは,「年間計画の中に『○○小SDGsまつり』のような形で『全校学習発表交流会』を位置づけ,保護者や幼稚園・保育園・近隣の学校などを含めた地域に公開する場として定着させることです。そうすると,新しく着任した先生方も『子どもたちに何をどうやって指導したらいいのだろう?』と考え,自然にESDに取り組み始めるのです。」などと答えていました。
現に江東区立東雲小学校では校長先生が何代も変わる中,「東雲フェスティバル」は10年間も続き,意欲的な児童の姿を見続けることができました。それでも,各地で優れた実践を行ってきたユネスコスクールのESDが,校長先生の異動などを契機に次々と形骸化していくのを見るのは,つらいものがありました。
しかし,それは仕方のないことです。学校は生き物と同じで,栄枯盛衰はつきものです。枯れる前にたくさんの指導者・実践者の種子をまき散らせば新たな芽を出し,花も咲かせます。
また組織として考えると,どんな手立てを講じようとも,リーダーの能力を超えて機能を発揮し,発展できる組織などあり得ません。結局は,ESDを含めた「教育」に対する理解力と指導力のある校長や,ESDの価値が分かる教育委員会がないとだめだということです。
そのような時も,私は「日本中の学校がESDの学校になってしまえば,どこに行ってもいいのになあ。地域の特性を生かしたその学校らしいESDが創れるのになあ。」と夢のようなことを考え続けていました。
そのうち,多摩市や大牟田市,岡山市など市を単位にユネスコスクールに参加するところが現れ,さらに愛知県,大分県など県を単位にESDに取り組むところも出てきました。
そして今や,学習指導要領の改訂によって,全国どこの都道府県でも,どこの学校でも法的拘束力のもと,ESDの理念を基盤にした「持続可能な社会の創り手」の育成に向けた教育活動に取り組まなければなりません。形式上ではありますが,「異動によってESDが消える」と心配する必要もなくなったのです。
《問い》「でも,今度異動した先では何もやっていませんよ?」
《手島》そうでしょう。そうでしょう。まだ,ほとんどの学校では,今度の学習指導要領で何が変わるのか,何を変えるのかを具体的に把握できていません。それは無理もないことだと思います。
前文や総則を文字面だけ読んで,ご自分の教育観を改めたり,教育の進め方をどのように変えたらいいのかを具体的に理解したりできるはずがないのです。なぜならば,自分たちがそのような教育を一度も受けたことがないからです。見たことも聞いたことも体験したこともないものを取り込む勇気のある人はあまりいませんからね。
先日,全国公立学校教頭会が主催する各都道府県の研究部長さん方を集めた研修会に招かれました。その際「小学生時代から今までに主体的・対話的で深い学びの授業を受けたことはありますか?」と聞いてみました。80名程のほとんどの教頭先生が「NO!」のカードを挙げました。「では,ご自分が授業者として主体的・対話的で深い学びのある授業を実践できそうですか?」と聞きましたが,多くの方が「NO!」でした。確かに主体的・対話的で深い学びの授業を受けたこともない人がそのような授業を行うのは当然無理というものです。そのような質問は浅はかで失礼だったと反省しております。
校長先生方や教育委員会,政治家の方々に聞いても同じ答えだと思います。なぜならば,今の日本の教育のリーダーたちが育った時代の教育は,産業革命や文明開化以来の工業化社会で求められる知識・理解が中心の教育でしたし,その得点競争に勝ち抜いた成功体験をお持ちの方々ばかりがそろっているからです。
つまり,「世界の中で後進国だったわが国を世界一の工業国にまで高めた日本の学校教育は素晴らしい!」と今でも思い込んでいる人たちです。そのような「学ぶ努力で今の地位を築いた」と信じている人が,社会の激変を前にして自分の受けた教育を疑い,変革しようと思えるはずもないのです。だから,日本の学校教育はなかなか変わらないのです。
しかし,学習指導要領の『前文』には「持続可能な社会の創り手」の育成に向けた教育課程の重要性が明確に示されました。また,『総則』の第1においては主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善を通して児童・生徒に生きる力を育むことが示され,第2においては,総合的な学習の時間の目標との関連を図り,教科等横断的な視点に立った資質・能力の育成を目指したカリキュラム・マネジメントの実際を示すなど,法的拘束力をもった改革案が具体的に示されたのです。
「忙しいからできない」,「私にはよくわからない」など,四の五の言っている場合ではないのです。校長として「やらない」という選択肢はありません。最悪,トップダウンででも進めなくてはならないのです。また,そのような教育をどのように進めるのかという教育課程の具体化の部分に対してどれだけボトムアップできるか,職員一人一人の能力と見識が問われています。
ここまで教育の条件整備が進んでも,日本の教育が変わらなかったとしたら,本当にこの国の子どもたちには未来がありません。
皆さんは,職員・校長の異動による問題を嘆いているだけでなく,「この状況でも困難を乗り越えて価値ある学校教育を創るにはどのようにしたらいいのだろうか?」と「課題を立て,情報を集め,整理・分析し,まとめ・表現する。」といった一連の探求的な過程を「主体的・協働的に取り組むとともに,互いの良さを生かし,積極的に学校経営に参画しようとする態度を養う」ようにならなくてはいけません。
そのような手助けとなるように,私の講演会では「主体的・対話的で深い学び」につながる問題解決的な学習過程を踏まえた授業の形式で研修を進めています。先生方,教育委員の方,政治家の方など,参加された全員が対話的に学ぶ楽しさを感じ,「自分自身の問題意識に火がつく」ということを実感していただくようにしています。
研修後,参加された教頭先生方は口々に「こういう授業を受けたのは初めてでしたが楽しかったし,納得できました。」「自分自身に火がついたようです。県の仲間と一緒に持続可能な社会の創り手を育てるように頑張ります。」とおっしゃってくださいました。ありがたいことです。
なお,研修会の進め方に関する詳しい内容はコラムの第5回 「ESDの研修会はどのように進めたらいいのでしょうか?」からご覧いただけます。
《問い》「それでも,うちの子の学校では何も変わっていませんよ?」
《手島》そうでしょうね。それが日本の教育の現実です。しかし,あなたのお子さんの学校教育を変えるために私たちはESDを推進してきたのです。全ての町の全ての学校の教育を変えるには,もう少し時間がかかります。
そうは言っても,子どもたちの成長は待ってくれませんよね。実質的な教育改革に何年もかかっていては入学したての子でも,成果が出る前に卒業を迎えてしまいます。地域住民として放置できない重要な問題です。変わろうとしない学校や,各学校を指導できない教育委員会には,住民としての質問や意見をぶつけてください。もちろん「市長・区長への手紙」などのシステムを活用し問題提起したり,議員さんに依頼したりして議会で質問してもらってもいいのです。もちろん学校に対して要望を伝えたり,議会の様子を見たりする権利もあります。
先ほどお伝えしたように,学校教育の指導者世代には,自分自身ではなかなか変われない要因があります。そういう意味では外部からの刺激も必要かもしれません。お子さんたちのためには,遠慮なんてしている場合ではありませんね。どうぞ疑問点や意見をガンガンぶつけてください。その代わり,学校がその気になったら,全力で応援するということも忘れないでくださいね。新しい時代の教育には,社会との連携および協働によりその実現を図っていくという,社会に開かれた教育課程の実現が必要だからです。言うだけでなく,指導者とともに考え行動し,良さを認め合える関係こそが大事だと思います。
《次回予定》
「ESDの評価はどう考えたらいいのでしょうか?」
手島 利夫
1952年東京都生まれ。
前江東区立八名川小学校長。ユネスコスクールとしてESDカレンダーの開発・ESD推進に携わる。
2007年以来,ESD円卓会議委員等の役職を務める。2010年第1回ユネスコスクールESD大賞を江東区立東雲小学校が受賞。2012年第3回ユネスコスクールESD大賞を江東区立八名川小学校が受賞。2014年ユネスコESD世界会合参加。2015年博報児童教育振興会より,教育活性化部門で「博報賞」個人受賞。2017年,第1回ジャパンSDGsアワード特別賞を受賞。2018年,日本ユネスコ国内委員会会長賞としてユネスコスクール/ESD推進功労賞を受賞。
◆著書◆
『学校発・ESDの学び』(2017年 教育出版)
共著『日本標準ブックレット 未来をつくる教育ESDのすすめ』(2008年 日本標準)
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