言葉のてびき
教育出版株式会社 編集局
Q31
「全然すばらしい」という言い方は正しいか
若い人の会話などで,
「ゆうべのドラマは全然すばらしかった。」
「Kったら,全然おもしろいのよ。」
といったぐあいに,「全然」という語を「非常に」の意味に用いている場合がある。しかしこれは,現在のところ,奇異な感じを与える言い方ではないだろうか。
「全然」という語は,打ち消しの呼応を伴うのが本来の用法とされ,小型の国語辞典などにも「打ち消しや否定的な表現を伴なって」のように注記されていることが多い。
つまり,
全然できない 全然おもしろくない
全然だめだ 全然無意味だ
のように用いるのが規範的である。
「全然すばらしい」などの用い方は,教育という立場からすれば,「俗な言い方」「好ましくない言い方」ということになる。
国立国語研究所の調査(「語形確定のための基礎調査」)の結果でも,「全然すばらしい」という言い方を是とする人はごく少数である。
しかし,この語が肯定の意味に用いられることが全くないかといえば,そうではない。
僕は全然恋の奴隷であつたから
(国木田独歩〔くにきだどっぽ〕『牛肉と馬鈴薯』〔ぎゅうにくとじゃがいも〕)
腹の中の屈託は全然飯と肉に集中してゐるらしかつた
(夏目漱石〔なつめそうせき〕『それから』)
これらは,「すっかり」「まるっきり」の意味であり,字義から見ても自然な使い方であることがわかる。『日本国語大辞典』(小学館刊)の「全然」(副詞)の項には,
①残るところなく。すべてにわたって。ことごとく。すっかり。全部。
②(下に打消を伴って)ちっとも。少しも。
③(口頭語で肯定表現を強める)非常に。
とあり,①の用法(独歩・漱石のような)がもとになって,それから②の陳述の副詞としての用法が派生し,近年になって③(「全然すばらしい」の類)が生じたと見ることができる。こういう見方からすると,「全然すばらしい」「全然すてきだ」の類いを退けるのは速断にすぎるともいえよう。ただ,教育の場では,③の用法を好ましくないとするのが妥当だと思われる。
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